32.ischemic skin ulcer:動脈性(虚血性)皮膚潰瘍

2024年1月25日の講義の喋りの、強調足ら ず、要追加分、不明瞭だったところを記載します。

糖尿病に高血圧が合併している場合は、動脈硬化が起こりやすく、マンシェットを巻いて測る「非観血的動脈血圧測定」では、動 脈硬化:硬いパイプを充分に圧迫できないため、本当の血圧より、高い値になってしまいます。
上肢にマンシェットを巻いて測定した動脈血圧より、下腿の足関節寄りで、マンシェットで測る血圧の方が、高いのが正常です。

正常では、足の静脈血の9割は、下肢深部静脈を介して、心臓向きに還流します。表在静脈は足の血液を心臓に返す役割を、ほぼ 担っていません。そのために、表在静脈=伏在静脈を心臓バイパスのためのクラフト材として、足から取り去っても、その足の静 脈還流には、ほぼ影響はありません。しかしこれは、深部静脈が健全に開存している正常肢の場合に限ります。深部静脈の流れが 悪い、血栓閉塞している場合などの場合は、深部静脈の代わりに表在静脈がバイパスとして機能しなければならないので、この場 合は、表在静脈を採ったり、1次性下肢静脈瘤に対して行うような手術は、してはいけません。

正常の足部の静脈圧は、中心静脈圧と同じ値です。そのため立位で足を動かさないで、静止している時は、約90mmHgの圧が 静脈壁にかかっています。しかし、つま先立ちを3回くらいすると、筋ポンプ作用で、30mmHg程度まで下がります。しか し、静脈瘤や深部静脈血栓症や、深部状脈弁不全があると、数回のつま先立ち運動では、静脈血圧は、わずかしか下がらないか、 血栓で完全閉塞している場合は、この運動で足部の静脈血圧は上昇する場合もあります。

ひとつ、極端な例を喋りました。それは(動脈血圧は自分の力で上げることは出来ないが)、静脈血圧は腹圧をかけたり、ムダに 下肢に力を入れた場合に、300mmHgになることもある、という話ですが、これは深部静脈弁が完全に壊れている場合で、複 数の悪い条件が重なった場合に限られます。

強調するのを忘れた事柄があって:それは、静脈性下腿潰瘍=足部静脈高血圧状態によって生じる下腿~足の潰瘍に対する、最も 大切な治療は、弾性包帯による下肢の圧迫療法です。第一選択の治療法です。ただこれには、足の動脈閉塞性疾患が合併していな いことを確認してから行うべき治療です。

あと、講義の時に、時間の都合で供覧出来なかった、ドプラ聴診器を用いた検査のビデオのリンクは
http://itotak.m78.com/Doppler_ITO_Takaaki.mp4

です。ご覧になって下さい。


2022 年度以降の3年生皮膚科伊藤孝明分試験 につい て

ところで、いきなり!

イトーひと言:病名の問題
PAD=Peripheral Artery Diseaseは、末梢動脈疾患
ASO=Atherosclerosis obliteransは、閉塞性動 脈硬化症

PADは広い概念で、この中に、ASOとBuerger病と血管炎その他を含む概念の様だ。
ただし、保険診療における「ICD10病名分類コード」では、PADは、「I739」で、ASOは、 「I702」となっているため、病名コードの付番から みると、PADは余り用いない方が良い病名(末尾が9)、ということになる。循環器科領域の割には、何か、 妙な病名ばかりつける皮膚科みたいなノリで、何 とも不愉快だ。


動 脈性(虚血性)皮膚潰瘍の原因疾患

1. 閉塞性動脈硬化症(ASO):腹部大動脈~下肢動脈の動脈硬化性閉塞による慢性の血流障害・・・PADと呼んで もいい。
  フォンテイン分類(症状の進行に より4段階に区分)
  Ⅰ度は下肢の冷感、しびれ
  Ⅱ度は間歇性跛行(一 定距離の歩行で筋肉痛が生じ、休息後再び歩行可能になる)
  Ⅲ度は安静時の下肢の疼痛
  Ⅳ度は下肢の皮膚潰瘍、下肢壊疽

2.動脈血栓塞栓症による皮膚潰瘍
   心房細動による左房内血栓、動脈瘤や不整動脈の壁在血栓などによる末梢の血栓塞栓
   心房細動があり皮膚潰瘍がある場合は、左房内血栓がないか心臓超音波検査を行うべき・・・皮膚潰瘍治療は後回しで!!
   左房内血栓では、血栓が頭部に飛ぶことで重篤な合併症(脳血栓・梗塞)を発症する可能性があるので。

3.バージャー病(閉塞性血栓血管炎):病因は不明。
  1.動脈内膜層の炎症性変化。血栓の形成、次いでこれが器質化をきたし閉塞する病変。
  2.血管全層炎であって、通常四肢主幹動脈を侵す。
  3.下肢の動脈に多い。上肢にも生じる。
  4.青壮年男子(50歳未満)に多く、日本の四肢慢性動脈閉塞症の2/3を占める。・・・最近は減少傾向にある。
  5.
高血圧症、高脂血症、糖尿病を合併しない。

鑑別疾患
1.閉塞性動脈硬化症。2.外傷性動脈血栓症。3.膝 窩動脈捕捉症候群。4.膝窩動脈外膜嚢腫。5.膠原病。6.血管ベーチェット病。7.胸郭出口症候群。8. 心房細動

症状<1>20~40歳の喫煙男子に多い(女・老人はまれ)<2>下肢片側性に倦怠 感・冷感・蒼白化<3>次いで 間欠性跛行。患肢末端に疼痛が反復 <4>完全血管閉塞では疼痛のため横臥出来ない <5>患肢末端にチアノーゼ・紅斑・小出血をきたし、やがて壊死に陥り回復しない。

診 断は、現在ではMRI動脈撮影(MRA)が非侵襲的で良い。

治療は、まず禁煙。血行再建。交 感神経切除術。血管拡張薬。壊死組織は切断。

 


動脈性皮膚潰瘍の診断

 動脈性皮膚潰瘍を疑ったら(というより足に皮膚潰瘍があったらまず!)脈の触 診です。

  手順としては、足背動脈と後脛骨動脈の触診を行い、これらが正常に触れたら閉塞性動脈硬化症やバージャー病によるものは否定的です。

 触診は左右を同時に行います。

                   
左から、聴診器、ドプラ聴診器、水銀血圧計、 自動血圧計

足部の動脈の触診



足背動脈触診
後脛骨動脈触診
膝窩動脈触診
  足部動脈を触診で触れなかった場 合は、膝窩動脈の 触診~鼡径での大腿動脈の触診:この場合は処置台に仰臥位になってもらって行います。膝窩動脈の触診は上右端の 様に、座位でも可能です。


腹部の触診と聴診



腹部に拍動性腫瘤がないかみる
瘤=腹部大動脈瘤があれば触診でわかる
あるときは、皮膚潰瘍治療より造影CTを!
血管性雑音が無いか聴診する

下肢動脈血圧の測定    

足部で脈が触れないときはドプラ聴診器で脈を聴き、 下肢血圧を測る。
同時に上肢血圧も測り「上肢下肢圧比:ABIまたはAPIまたはABPI」を求める。
通常下肢血圧の方が上肢血圧よりも高く、ABIは1.0以上が正常である(正しく測定した場合 1.0未満は異常)。

※ 注意:この検査
「上 肢下肢圧比: ABIまたはAPIまたはABPI」は、古典的で一般的な検査であるが、糖尿病を伴っ た閉塞性動脈硬化症や動脈の石灰化の強い場合は、実際の血圧より高い 値となり、あたかも正常の血圧と間違えてしまう場合がある。よってこれらの病気のある 患者さんの場合は、この
「上 肢下肢圧比: ABIまたはAPIまたはABPI」を信用できない。現在ではABI/PWV 検査や SPP検査を行い正しく評価すべき時代である。
(上の写真の右端がSPP検査装置、右から 2番目がABI/PWV検査装置)

下肢虚血性潰瘍の治療
局所療法
通常の潰瘍に対する治療を行う。
局所の洗浄、感染が疑われたら培養検査して消毒、壊死組織があればデブリードマン、周囲に発赤があれば抗生物 質・抗菌薬を全身投与(ただし末梢までの循環が悪いので効きにくい)
人工被覆材料か外用薬と当てガーゼ
・・・といった通常の創傷に対する局所治療を行うのだが、局所へ の循環が保たれていない虚血性潰瘍では、いくらがんばって局所療法を行っても治らない!:当たり前!
重要な治療は、血行再建であ る。現状の皮膚科医がやっているレベルではダメだ。


血行再建に向けて
閉塞部位の診断を行う(MRI動脈撮影:MRA)または、造影CT検査。
動脈閉塞部位が膝窩動脈より中枢の場合は、放射線透視下血管拡張術+ステント挿入術を行い、まず末梢循 環を改善する。特に腸骨動脈領域の動脈閉塞に対しては、治療効果が大きい。
血 管外科でのバイパス手術は減少傾向。

皮膚潰瘍に対しては局所処置(潰瘍に対する外用剤や2次感染の防止)を行うが、循環状態が改善すれば、 皮膚潰瘍は治ってくる。・・・この場合潰瘍の局所 処置はあまり重要ではない。

動脈閉塞部位が膝窩動脈より末梢のときは、血管外科で行っている末梢動脈バイパス手術(distal bypass)。大伏在静脈を用いる。
膝窩動脈より末梢部への動脈狭窄に対して、血管内治療 (血管拡張術)が行われることはあるが、短期間(3か月程度)で閉塞することが多い。し かし、再閉塞する前に足潰瘍の治療を行うと、治癒すれば、再閉塞しても、潰瘍の再発は少なくなる。
麻酔科ペインクリニックで行われている「交感神経ブロック」や薬剤による血管拡張療法。


イトーひと言:ちょっと前に、創傷に消毒薬を使ってはダメだ、とか ガーゼをしてはいけない、とか言う医療者の話があったが、これは大間違い。
洗浄だけでよいキズ、消毒が必要なキズ、デブリードマンやその他の処置が必要なキズのどれなのかを見極められる 医師が見極めて方針を決めるべきで、一律どうの、というものでは全くない。

最 も詳しい情報
「日 本皮膚科学会の創傷一般ガイドライン」
を 読んでみよう!


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