皮膚潰瘍:皮膚のキズ
皮膚潰瘍とは、皮膚=表皮・真皮の欠損をいう。表皮のみの欠損は「びらん」という。
皮膚潰瘍の原因にはいろいろとあります。一番多いのは外傷や熱傷・・・しかし皮膚科の教科書には、この一番多い皮膚疾患の記載がほとんどありませ
ん。片や、ほとんどない稀な皮膚疾患の説明が多く記載してあったりするのに。皮膚科は臨床診療科であるのに、この現実は困ったものです。
しかし多くのこれら皮膚潰瘍は保存的治療(局所洗浄と処置・二次感染の予防など)か、植皮や皮弁などの手術治療で治癒または軽快します。
ところが、
難治性皮膚潰瘍・・・「なかなか治らない、または再発する皮膚潰瘍」のことですが、この場合は多くが、潰瘍部以外に原因があります。
それは
皮膚潰瘍部位よりも、より中枢側の血行障害や局所または中枢の神経障害、局所の炎症や腫瘍によるものです。
また、これら皮膚潰瘍は下肢:ほとんどが下腿より末梢に生じるので、話の中心はこの部の皮膚潰瘍にな
ります。
難治性皮膚潰瘍の原因
1.動脈疾患(動脈
閉塞・動脈血栓症)・・・・・・・・・動脈性潰瘍、虚血性潰瘍・・・通常足趾〜足部にみられる
2.静脈疾
患(下肢静脈瘤と深部静脈血栓後遺症)・・・・静脈性潰瘍、うっ滞性潰瘍・・通常下腿の下1/3にみられる
3.神経障害(糖尿病性、脊髄損傷など)・・・・・・・・神経性潰
瘍・・・糖尿病性潰瘍は通常足趾〜足部にみられ
る
4.物理的障害(物理的圧迫による=褥瘡)・・・・・・・仙骨部・大
転子部・踵部・背部・後頭部など。車椅
子使用者では坐骨部に
5.血管炎+微小血栓(膠原病など)・・・・・・・・・・下腿にみられることが多
い
6.慢性炎症
7.皮膚腫瘍
皮膚潰瘍の原因は何か?動脈性皮膚潰瘍か?静脈性皮
膚潰瘍か?、それとも、その他の原因による皮膚潰瘍か?
をまず考えなくてはなりません。
その診断には、患者さんが話す病歴、症状の変化や既往歴・合併症に多
くのヒントがあります。
難治性皮膚潰瘍の診断でまず大切なのは、問診です。
問診:
いつからどの様な症状があるか?症状は進行しているか?経時的変化、1日のうちでの変化(朝か夕か)
疼痛、間歇性跛行、しびれ、冷感、チアノーゼの有無?
高血圧、不整脈、高脂血症、糖尿病の既往・合併の有無?
他部位に同症はないか?
喫煙歴は?
動脈性皮膚潰瘍の診断 動脈性皮膚潰瘍を疑ったら(というより足に皮膚潰瘍があったらまず!)脈の触診です。 手順としては、足背動脈と後脛骨動脈の触診を行い、これらが正常に触れたら閉塞性動脈硬化症やバージャー病によるものは否定的です。 触診は左右を同時に行います。 |
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左から、聴診器、ドプラ聴診器、水銀血圧計、自動血圧計 |
足背動脈触診 |
後脛骨動脈触診 |
膝窩動脈触診 |
腹部に拍動性腫瘤がないかみる |
瘤=腹部大動脈瘤があれば触診でわかる あるときは、皮膚潰瘍治療より造影CTを! |
血管性雑音が無いか聴診する |
足
部で脈が触れないときはドプラ聴診器で脈を聴き、下肢血圧を測る。 同時に上肢血圧も測り「上肢下肢圧比:ABIまたはAPIまたはABPI」を求 める。 通常下肢血圧の方が上肢血圧よりも高く、ABIは1.1以上が正常である。 ※注意:この検査「上肢下肢圧比: ABIまたはAPIまたはABPI」は、古典的で一般的な検査であるが、糖尿病を伴った閉塞性動脈硬化症や動脈の石灰化の強い場合は、実際の血圧より高い 値となり、あたかも正常の血圧と間違えてしまう場合がある。よってこれらの病気のある患者さんの場合は、この「上肢下肢圧比: ABIまたはAPIまたはABPI」を信用できない。現在ではABI/PWV検査や SPP検査を行い正しく評価すべき時代である。 |
左が初診時、右が略治後 | |
いわゆる糖尿病性水疱(擦過水疱):これは糖尿のコントロールと局所の
2次感染予防をうまくすれば治る |
糖尿病に閉塞性動脈硬化症を伴った足部壊疽:初診(左)から約2週間で
潰瘍は進行(右) |
足部壊疽(潰瘍)の鑑別
末梢神経障害 (狭義の糖尿病性壊疽) |
末梢循環障害 (閉塞性動脈硬化症) |
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糖尿病罹病期間 | 長期が多い | 一定しない |
糖尿病コントロール | 不良 | 関係なし |
前駆症状 | 外傷・熱傷・水疱 | 冷感・間欠性跛行 |
自覚症状 | 無痛性 | 有痛性 |
皮膚温 | 暖かい | 冷たい |
末梢動脈拍動 | 良好 | 減弱・消失 |
潰瘍所見 | 乾燥・角化・湿潤(感染) | 境界鮮明・深い |
発生部位 | 足趾・足背など多発 | 足趾尖端 |
予後治癒 | 良好、再発性 | 難治性 |
治療 | 保存的治療 | 血行再建・切断 |
動脈性潰瘍は、ASO潰瘍でも血栓性潰瘍でも足部より末梢に多い。
2.
静脈性皮膚潰
瘍=
静脈うっ滞性潰瘍=うっ滞性潰瘍
静脈性皮膚潰瘍の原因で一番多いのは1次性下肢静脈瘤で、次に深部静脈血栓後遺症である。
なぜ静脈性潰瘍ができるかについて、説明する。
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1次性下肢静脈瘤による潰瘍 |
圧迫療法で若干改善 |
高位結紮術でさらに改善(現在) |
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潰瘍の上はうっ滞性皮膚炎による褐色斑 |
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下肢静脈の解剖と静脈還流 下肢の主な静脈は、深部静脈系(右図灰色)と表在静脈(右図白色)から成る。 深部静脈系は、下腿静脈(前脛骨静脈・腓骨静脈・後脛骨静脈)〜膝窩静脈〜浅大腿静脈である。 表在静脈系は、大伏在静脈と小伏在静脈およびその枝である。 下肢の静脈血は、筋肉による圧迫と、多くの静脈弁の働きで心臓側に押し出される(筋ポンプ作用:俗に足は第二の心臓と言われることもある)。 正常肢では、下肢の静脈血のほとんどは、深部静脈系を介して心臓に還る。 表在静脈内にある静脈血は、交通枝を介して深部静脈に流れ込むか、大伏在静脈から大腿静脈へ、または小伏在静脈から膝窩静脈に流れ、心臓側に還ってい く。 正常(深部静脈が開存しているとき)肢では、表在静脈である大および小伏在静脈を、取り去っても、足の静脈灌流には障害はおこらない。 たとえば、狭心症で冠状動脈に狭窄があって「大動脈−冠動脈バイパス」を行う場合や末梢動脈閉塞に対するバイパス術では、伏在静脈を摘出して、これをバ イパス血管として利用するが、深部静脈が開存していれば、下肢静脈還流に障害は生じない。 |
伊藤孝明著:日本皮膚科学会専門医テキスト「下肢静脈瘤の診断と治療」(平成11年度)より |
下肢静脈瘤の分類 1次性下肢静脈瘤 1次性下肢静脈瘤の主な成因 |
下肢静脈瘤の治療の適応
逆流静脈結紮・切離 保存的治療:圧迫療法=弾性ストッキング・弾性包帯で |
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下肢静脈瘤治療の不適応・禁忌 または保存的治療を選択すべき状態
手術に耐えられない高齢者や重篤な全身合併症、シャントを有する心疾患患者など
静脈瘤が静脈還流路となっている
場合(2次性静脈瘤)や深部静脈血栓症やその既往のある人
閉塞性動脈硬化症などの下肢動脈閉塞性疾患・・・教科書的には禁忌となっ
ているが、虚血程度で判断すべきで、絶対禁忌とは考えない。
治療部位に化膿性・感染性病変のある場合
妊娠中など一過性の静脈瘤の可能性のある場合
硬化療法の不適応: いわゆる尖端恐怖症傾向の人。
運動制限のある下肢
。
右大伏在静脈抜去後、左大伏在静脈瘤 両側の下肢深部静脈は良好に開存している。 |
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紹
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深部静脈血栓症 札幌
厚生病院循環器外科のページ
深部静脈血栓症は、肺血栓症の原因となる疾患。従
来より日本人には少ないと言われていた疾患である。
しかし、決してそんなことはなく、日本人にも多い。医師が診断できないために、少ないと言われてきただけである。
男性よりも女性にやや多く、40代後半から50代に起きやすい。最近では長時間の飛行機搭乗によるエコノミーク ラス症候群、とか、旅行者血栓症と言われていますが、バスや乗用車でも生じます。
静脈血栓症は全身の表在性や深部のどの静脈にも起こりえますが、下腿静脈、大腿静脈、骨盤内深在静脈などの深部 静脈血栓症は頻度も多く、致命的となりうる肺塞栓を生じる可能性があり臨床的に重要です。
診断
カラードプラ超音波断層検査や造影CT検査で行う。
治療
発症後1週間以内であれば、一時的静脈フィルターを下大静脈に入れて血栓溶解療法を行う。
深部静脈血栓症は、予防が大切。圧迫療法が主体。浮遊血栓が無ければ間欠的空気圧迫法。
(浮遊血栓の有無はカラードプラ超音波断層検査で行う)
深部静脈血栓後遺症
二次性静脈瘤による、うっ滞性潰瘍(=静脈性潰瘍)が重要である。
多くは下腿の下1/3の内果上部や外果上部、またはその両方に潰瘍(静脈性潰瘍)とその周囲のうっ滞性皮膚炎をみる。
治療は圧迫療法(弾力包帯・弾力ストッキング)を行う。
しかし、潰瘍部の圧迫は痛みを伴うため必要な圧迫が行われず、治療をあきらめる患者さんも多い。
当科では、深部静脈血栓後遺症による下腿潰瘍に対して、入院安静と潰瘍の保存治療
(約2週間)の後、植皮(皮膚移植)を行い、皮膚潰瘍を治療した上で、圧迫療法を行って治療している。この方法は新しい考え方で、年配の医師からは「深部
静脈血栓後遺症の皮膚潰瘍に植皮は着かないから治療にならない」と指摘を受けるが、植皮術の成功率99%の当科では可能となっている。
最近の経験
(2006/05/21記載)
昨年、新鮮深部静脈血栓症の初診患者さんを保存的治療した。もともと軽症の1次性下肢静脈瘤のあった患者さんであった。
治療内容は、圧迫療法&足関節運動とワーファリンによる抗凝固療法である。
その患者さんは治療に熱心で、比較的早期に軽快していった。経過はドプラ聴診器を用いた伏在静脈のバイパス音(伏在静脈上向音)の評価で行った。治療後
約半年で、超音波検査等にて全く異常所見無く、うまく治療できた。
現在では、軽度の1次性下肢静脈瘤がある様にしか視診診断できない。
・・・さらに、どんな検査をして
も、2次性静脈瘤であることを診断できない。
その患者さんには、「テキトーに病院を受診して下肢静脈瘤の治療を受けないこと」と指導しているが、もしこの患者さんがこの状態で私の外来に初診した
ら、診察所見から、1次性静脈瘤としての治療を勧めるかもしれない・・・と思う状態である。
この場合、問診が非常に重要であ
る。問診で「深部静脈血栓症と診断された」と言えば、正しい知識のある医者なら、静脈瘤の治療は行わないと思うが、一部商売医療的に静脈瘤治療をしている
施設もないわけではないので、非常に注意を要する。
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